ルイ・ヴィトンや日清食品からの圧力のみならず、殺害予告、通報にも屈せず表現をつづけるアーティスト 岡本光博 | 表現の不自由時代 01
《著作権の机》2018年
昨今、日本ではアートの現場への政府や行政の介入・検閲、市民からの抗議、インターネット上での誹謗中傷などが増え、「表現の自由」に対して不寛容になってきています。パリに本部を置く、国際ジャーナリスト団体「国境なき記者団(RSF)」が世界180カ国・地域を調査対象とした「報道の自由度ランキング2018」でも日本は67位と誇れない順位です。
「表現の自由」は決してアーティストや表現者だけの権利ではありません。「表現」はともすれば資本力や権力によって歪められかねない「思想及び良心の自由」を守るために国民全員が持つ武器であり、「表現の自由」はそのために守られるべき最低限の権利です。
連載「表現の不自由時代」では、アーティストの活動や軌跡、「表現の自由」が侵された事例などをインタビュー形式でお伝えします。
本連載を通じて、「表現の自由」について考え、議論するきっかけが生まれ、より健全かつ自由な表現活動が出来る社会になることを期待しています。
掲載予定アーティスト
会田誠、岡本光博、鷹野隆大、Chim↑Pom 卯城竜太、藤井光、ろくでなし子、他
表現の不自由時代 バックナンバー
第一回 ルイ・ヴィトンや日清食品からの圧力のみならず、殺害予告、通報にも屈せず表現をつづけるアーティスト 岡本光博
第二回 なぜ女性器だけタブーなのか? 権力による規制に、アートの力で笑いながら疑問を投げかける ろくでなし子
第三回 エロや政治的表現で度々抗議を受けている会田誠。美術業界は自由?
第四回 広島上空でピカッ、岡本太郎作品に原発事故付け足したチンポム 卯城竜太。人間の存在自体が自由なもの
ルイ・ヴィトンや日清食品からの圧力のみならず、殺害予告、通報にも屈せず表現をつづけるアーティスト岡本光博
鈴木:岡本さんのこれまでの作家活動などを教えてください。
岡本:滋賀大学大学院を卒業後、2年間ニューヨークへ行き、帰国後CCA北九州(Center for Contemporary Art Kitakyushu)のリサーチプログラム・アーティストコースに2年間在籍しました。その後、ドイツを中心に色々な国で滞在制作を経て、現在は作家活動とともに、地元である京都でギャラリー「KUNST ARZT」を運営しています。
作品として取り上げることに決めた文化、政治、経済、社会、歴史、美学的な背景や問題を内包したイメージを作品にしています。作品をつくる際に、私自身「鏡」になってそれらイメージを映し出すという意味で「社会にイメージを突き返す」という言い方をしています。
また、森羅万象、宇宙のありとあらゆるモノゴトには陰と陽があるという中国の思想に端を発した考え方があります。私は、作品として取り上げることに決めたイメージの陰と陽両面を表現できればと思っています。
ルイ・ヴィトンから抗議、展示が取りやめに
鈴木:神戸ファッション美術館で《バッタもん》を発表後ルイ・ヴィトンから抗議がありましたが、その時何があったのか教えてください。
岡本:《バッタもん》ではフェイクか本物か分からない非公開のブランドバッグを解体し、言葉遊び的にバッタの形を作りました。
ルイ・ヴィトン社は、「イメージを損なう」として、世の中から《バッタもん》イメージの完全消去を求めました。神戸市はそれに答える形で、神戸ファッション美術館の企画展中に《バッタもん》を撤収し、展覧会カタログを廃棄し、サイトを書き換え、急遽、《バッタもん》イメージの無いポスターを作成しました。
私の方は、それに従う必要もないので、勇気と理解ある展示場所にて《バッタもん》を展示してきました。しかし、ルイ・ヴィトン社は、何故かその1年後に「バッタ」のカタチの公式オブジェを発表していました。
I’m the #ArtofLV grasshopper! Hop on over to the Louis Vuitton Waikiki store and say hi http://t.co/2VdaMNrIyE pic.twitter.com/wkzEwjpmji
— Louis Vuitton US (@LouisVuitton_US) 2013年8月14日
封印された《落米のおそれあり》
鈴木:「イチハナリアートプロジェクト+3」に出品予定だった《落米のおそれあり》は発表後ベニヤ板で覆い隠されてしまいましたが、どのような作品で、何があったのか教えてください。
岡本:「落石のおそれあり」という道路標識がありますが、沖縄では、「落石」よりも高い確率で、米軍関連の落下事件が起こっているので、《落米のおそれあり》では「落石のおそれあり」の形式を用い、星条旗の山から「パラシュート訓練、イーグル戦闘機、シャーマン戦車、ヘリコプター」が落ちてくる絵を描きました。
これは、アメリカの殺人道具が、爆音を出して日常的に頭上を徘徊する……という桁外れに恐ろしい沖縄の現実に最低限必要なサインです。
アートによる観光振興をねらって2012年から沖縄県うるま市伊計(いけい)島でスタートした「イチハナリアートプロジェクト」に参加した際、伊計島の自治会長が《落米のおそれあり》を「展覧会に相応しくない」という理由で、強く反対し、それを受けて、主催のうるま市の判断で、展示開始直前にベニヤ板で封印されました。
権利者ではない人からの通報
鈴木:「ART OSAKA 2018」への《ドザえもん》出品にあたってクレームがあったとのことですが、作品のコンセプトと併せて、今回どのようなクレームがあり、事務局がどのような対応をとったのかを教えてください。
岡本:もともと、《ドザえもん》は大学の卒業制作として作った作品です。「アートは人に考えさせられるような作品でもあるべき」という思いとともに、「アートに日本語はそぐわない」という思いもあり、日本人なら見た瞬間に日本語で分かる作品を考えていました。
そこで、好きだった『ドラえもん』を想起させる青い人形を、水死体の俗称である「土左衛門(どざえもん)」のようにうつ伏せにした作品を思いつき《ドザえもん》は生まれました。
『ドラえもん』という、作者の藤子・F・不二雄さんが亡くなられても、増殖を続けるコンテンツに違和感もあり、これまでにも何度も展示してきました。今年の春に福岡城での展示の際に、作品タイトルを伏せられたことがありましたが、著作権の問題では一度も抗議を受けたことはないです。
ところが、「ART OSAKA 2018」では、権利者ではない一般の方から「許可をとっているのか」というクレームの電話が事務局にありました。しかし、事務局からは、その報告があったのみで、実際には出品に至りました。
通報、殺害予告、枚挙にいとまがない
鈴木:他に展示が拒否された、抗議を受けたなどの事例があれば教えてください。
岡本:潮が満ちれば水浸しになるという展示場所に69個の「ブルーレットおくだけ」を置いた《おくだけ》という作品が、釣り人によって「環境破壊」を理由に警察に通報されたり、
台湾の日本統治時代の神社を写した2枚の写真と当時を知る人々へのインタビューを元に、現地に石燈籠等、神社の一部を復元した《橋仔頭神社境内再現プロジェクト》で殺害予告を受けたり、
観客のユーロ硬貨をハンマーで輪の部分と中央部分に分離し、中央部分は没収し、輪の部分を指輪として返すという作品《Euro Ring》がありますが、ドイツのカールスルーエ・アート・アンド・メディア・センター(独: Zentrum für Kunst und Medientechnologie in Karlsruhe)での《Euro Ring》ワークショップが直前にキャンセルされたり、
さいたまトリエンナーレ2016の「CARt Camp & Caravan」という企画で6台のアートカーがさいたま市内をパレードする予定だったのですが、私の《覆面パトカー》だけが警察の許可が下りなくて、自主的に参加というかパトロールしました。
「ひよこちゃん」がツイートしているのに・・・
と、枚挙に暇がないのですが。
最近、残念だった事例としては、《UFO-unidentified falling object (未確認墜落物体)》に対して、日清食品の弁護士から「無許可で〈日清焼そばU.F.O.〉を引用した」ことへのクレームのお手紙を頂きました。
日清食品の公式キャラである「ひよこちゃん」がTwitterで、六甲ミーツアートでの展示風景を紹介してくれているので、てっきり公認してくれているものと思っていましたが・・・。すぐに告訴するというような内容ではないのですが、事前の引用許可を求められても、アートの批評性を考えるとなかなか難しいですね。
どわー!ビックリしました!パチンコで遊んでいたらいきなり・・・(汗) #六甲ミーツアート #UFO打ち落とす #のびO並の射撃術 pic.twitter.com/VuhZhQMDyx
— チキンラーメン ひよこちゃん (@nissin_hiyoko) 2016年11月18日
経済力による歪んだ情報社会を矯正するのがアート
鈴木:岡本さんはこれまでにも数々の物議を醸して来ていますが「表現の自由」とアートの関係や、それに対しての思い、お考えがあれば教えてください。
岡本:自由に表現できない、自主規制だらけの本当に息苦しい時代になったと思います。
作品制作の過程で、よく業者に発注するのですが、数年前には普通に協力してくれていたレベルのことでも、著作権的な検閲を受け、断られることも出てくるようになりました。
スマートフォンやインターネットの発達によって、誰もが「公に監視、発信」できる時代になったことは権力の監視や不正の暴露にも機能するが、時に表現の自由をも検閲する諸刃の剣です。
近年、現代美術家のリチャード・プリンス(Richard Prince, 1949~)やジェフ・クーンズ(Jeff Koons, 1955~)らの作品への引用表現の是非を問う裁判では、「フェアユース ※1」によって、表現の権利を勝ち取っている判例があります。そろそろ日本にも「フェアユース」の導入を検討してもいいのかもしれません。
ジェフ・クーンズ《Titi》2004~2009年
当然の事ですが、資本主義社会では経済力のある方が情報の発信力があり、簡単に我々の脳裏にそれを焼き付けることができます。もし引用表現が許されなければとても歪(いびつ)な社会になると思います。アートは作品を通して社会に批評的な視点を持ち込むことで、資本主義社会の歪みを矯正することができる人類の武器です。ただ、正義だとは言い切れませんが。
あと、行政や施設側の方々の、悪い方向への想像力はアーティストの想像力を超えていますね。「そこと結びつけますか!」とか「そんな解釈ありですか!」といつも驚かせてもらっています。
もしアートが無くなったら、どんなにつまらないか…ということも想像してほしいです。
※1 フェアユースとは、アメリカ合衆国の著作権法などが認める、公正な利用に該当するものと評価されれば、その利用行為は著作権の侵害にあたらないとする法原理です。
表現の不自由時代 バックナンバー
第一回 ルイ・ヴィトンや日清食品からの圧力のみならず、殺害予告、通報にも屈せず表現をつづけるアーティスト 岡本光博
第二回 なぜ女性器だけタブーなのか? 権力による規制に、アートの力で笑いながら疑問を投げかける ろくでなし子
第三回 エロや政治的表現で度々抗議を受けている会田誠。美術業界は自由?
第四回 広島上空でピカッ、岡本太郎作品に原発事故付け足したチンポム 卯城竜太。人間の存在自体が自由なもの
岡本光博 スケジュール
個展「UFO」
日時:2018年10月5日(金)~11月3日(土)
会場:eitoeiko (東京)
URL:http://eitoeiko.com/
個展「GEIST」
日時:2018年10月26日(金)~11月11日(日)
会場:gallery turnaround(仙台)
URL:http://turn-around.jp/
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人工生命体「ストランドビースト」の生みの親テオ・ヤンセン氏インタビュー
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