モノが物語る力-ヤノベケンジ展「シネマタイズ」(高松市美術館)
三木学
更新日: 2016.08.22
現在、高松市美術館で四国初のヤノベケンジ大規模個展「シネマタイズ」が開催されています。今回、僕はDVDカタログ用のリーフレットの編集を行いましたので、展覧会の見所を項目別に紹介させて頂きたいと思います。
初期作品から最新作まで幅広い作品が結集
ヤノベケンジは、1990年代から現在まで現代アートの分野において、第一線で活躍しているアーティストです。最近では「あいちトリエンナーレ2013」や「瀬戸内国際芸術祭2013」などの芸術祭への出品や、小豆島、神戸、茨木(大阪市)、名古屋など、パブリック・アートの設置も多くなっています。特に巨大な彫刻作品や動く機械彫刻で知られています。 すでに作家歴も25年を超え、作品も膨大な数にのぼります。今回はその中から大小40点以上の作品が集められています。その制作遍歴が(1)「誕生」、(2)「サヴァイヴァル」、(3)「アトムスーツ」、(4)「“未来の廃墟”への時間旅行」、(5)「未来の太陽」、(6)「リヴァイヴァル-もう一つの太陽」、(7)「トらやんの大冒険-ヤノベケンジの代弁者」、(8)「シネマタイズ」、(9)「風神の塔」の9つのテーマとブースに分けられわかりやすく整理されています。 大きく言えば、世紀末社会における「サヴァイヴァル」をテーマにした90年代、「リヴァイヴァル」をテーマにした2000年代、「3.11以後の社会」をテーマにした2010年代の大きく3期に分けられると思います。 なかでも90年代の作品は、デビュー作の瞑想装置《タンキング・マシーン》(1990)、放射能防護服《アトムスーツ》(1997-2000)、電気自動車《アトム・カー》(1998)をはじめ、サブカルチャー・ポップカルチャーの影響を色濃く受け、現代アートの中で展開したことで、大きな話題となりました。アニメ・漫画・特撮映画・SF映画などの美術に出てくるような丸みを帯びたフォルムや、機能的な装置を持つ完成度の高い作品は、今見ても新鮮な驚きがあります。巨大作品の数々
2000年代以降のヤノベケンジの彫刻には全長10m近いものもあり、今回も全長6.2mの《サン・チャイルド》(2011)、全長6.1mで座ったり立ち上がったりする《フローラ》(2015)が、吹き抜けのロビーに展示され、毎日多くの観客を楽しませています(無料のスペースです)。 特に《サン・チャイルド》は、東日本大震災後の復興・再生の願いを込めて、放射能防護服のヘルメットを脱ぎ、右手に小さな太陽を持って、前を見据えて立つ巨大な子供像です。《サン・チャイルド》は3体作られ、これまでに、大阪、東京、福島、愛知、岡山、ハイファ(イスラエル)、ロシア(モスクワ)など、世界各地で巡回展示され、1体はヤノベケンジの故郷である大阪府茨木市の阪急電鉄南茨木駅前にパブリック・モニュメントとして恒久設置されています。福島には「福島現代美術ビエンナーレ2012」に招聘され、運搬費をクラウド・ファンディングで調達して福島空港に展示されました。 《フローラ》は、初代《サン・シスター》が、2015年、琳派400年記念祭「パンテオン-神々の饗宴-」展において、京都府立植物園にちなんで花の女神として生まれ変わった作品です。「風神雷神図」の中央にありながら、後光で見えない観音像でもあります。アート・ディレクターの増田セバスチャンが衣裳・装飾をデザインした共作で、ワンピースのような服には光琳の流水紋が施されています。色とりどりの光が点滅し、時々、目覚めて立ち上がるので人気があります。二代目《サン・シスター》は2015年、阪神・淡路大震災20年を機に兵庫県立美術館前に常設設置されました。巨大な少女像である《サン・シスター》は、《サン・チャイルド》より少し成長したお姉さん的存在として、復興・再生の道標の役割を担っています。 その他にも、終末思想に捉われ、チェルノブイリの被災者を芸術表現のために傷つけてしまったのではないかという懺悔と贖罪意識から再び立ち上がり、「リヴァイヴァル」をテーマにした全長3mの《ビバ・リバ・プロジェクト-スタンダ-》(2001)、福島の風力発電所のためのモニュメントとして制作し、琳派400年記念祭において発表した全長8.4mの《風神の塔》、プラズマ発生装置を内包する全長6mの《ウルトラ-黒い太陽》(2009)など、美術館内部に全体が入りきらない巨大作品の数々には驚くことでしょう。動く・光る・雷を作る・水を噴き出す
ヤノベケンジの作品といえば、動いたり光ったり炎や水を噴いたりするなど、様々な機能がある機械彫刻が有名なので、さらにいくつかご紹介します。 昨今、火や水などを扱うのは、管理上、美術館ではとても難しく、これらを実現させた高松市美術館には拍手を送りたいです。家族とキャラクターが生み出す物語
ヤノベケンジの立体作品における造形力は、世界の現代アート界の中でもトップクラスだと思います。しかし、そこに見え隠れする家族やキャラクター、そこから生み出される物語も魅力の一つです。 《ビバ・リバ・プロジェクト-スタンダ-》は、自分の第一子をモデルにしたものなので、頭と体、手足のサイズや、頭のフォルムなど、よく観察していることがわかります。幼児用の《ミニ・アトムスーツ》(2004)も、第一子が当時3歳であったこと、チェルノブイリで出会った子供も3歳であったことが制作の背景にあります。 《サン・チャイルド》も、学生たちとともにアイディアを練り、作り上げた作品ですが、実子からもう少し幅広い子供たちに対する思いが込められています。家族や社会に対するメッセージを、キャラクター性のある作品を使って、立体や物語にして表現していることは1つのポイントかもしれません。 2000年代以降は《トらやん》(2004)のシリーズが特に有名です。もとは実父が定年後に趣味で始めた腹話術人形ですが、だみ声であったために、人形を子供の姿からヒゲとハゲ頭に変更。それを、実父が《ミニ・アトムスーツ》に勝手に入れたことから偶然生まれたキャラクターと作品シリーズです。シリーズ初期の作品《森の映画館》(2004)は、第一子と第二子のために、実父(2人の祖父)が腹話術人形の《トらやん》を操りながら、核爆弾に対する心得を小さなシェルター機能を持つ映画館に上映して伝えるという作品で、心に訴えるものがあります。 ヤノベケンジ《森の映画館》(2004)内で上映されている映像。美術館での映画撮影
今回の目玉はなんといっても美術館での映画撮影かもしれません。林海象監督、永瀬正敏主演によるSF中編映画『BOLT』が、会期中に撮影されるため、(8)「シネマタイズ」のブースは、映画セットにもなるインスタレーションとして構成されています。 展覧会のタイトルにもなっている「シネママタイズ(Cinematize)」は、映画化するという動詞で、美術館や展示作品を使って映画を撮影する今回の展覧会のことを表しています。 同時に、ヤノベケンジの作品自体が、強いキャラクター性や物語性を持ち、映画のように現実を変えてしまう効果があるという二つの意味が含まれています。 美術館の展覧会において、実際に展示された作品が、映画セットになるということは聞いたことがなく、画期的な試みになると思います。映画の内容自体が、展覧会の内容と、重なり合うところもあるため、現実と虚構が複雑に交錯した映画が出来上がるでしょう。ヤノベケンジが築いた妄想の中で映画が撮られるのか、映画がヤノベケンジの世界を取り込んでしまうのか、林監督や永瀬正敏を始めとした役者とのせめぎ合いも楽しみなところです。多数の魅力的な試み
ヤノベケンジの作品の他に、写真家でもある永瀬正敏の3.11後の写真作品が、映画セットの一部である巨大トンネルに展示されており、展覧会に流れるストーリーを重層的にしています。また映画のために新たなデザインで制作した「アトムスーツ」のヘルメットに様々なオブジェを入れて撮影した、永瀬正敏とヤノベケンジのコラボレーションによる写真作品が展示されています。映画に留まらない様々な形での共同制作・協働作業も見所の一つでしょう。 また、展覧会では全作品が撮影可能なのですが、ヤノベ作品を巡ってスタンプラリーが出来るスマホアプリ「ヤノベアプリ」と連動しており、会場の指定作品と、小豆島、関西圏にあるパブリック・モニュメントをコンプリートすれば賞品がもらえるようになっています。特に、全部集めた先着3名には、ヤノベケンジ自筆ドローイングがプレゼントされるという大盤振る舞い。毎度、サービス精神旺盛なことにも頭が下がります。 個人的には、自分の思いを絵と文字で描いているドローイングが好きでした。チェルノブイリに行った理由、立入禁止区域(ZONE)への自主帰郷住民(サマショール)との予期せぬ遭遇、その中でも暖かく迎え入れてくれた老人たちや3歳の子供との出会い、また一部の住民に罵倒されたこと…。受け止めきれないほどの重い現実を率直に告白しています。現在、福島で行っている様々なヤノベケンジの実践は、チェルノブイリで出来なかったことへの罪滅ぼしの思いがあるのかもしれません。 ドローイングにはなっていませんが幾つかのテキストや作品となっている、家族や学生、未来の子供たちへの思い、日本で同じような事故が起きたことに対する思い、その中で自分が出来ること…。それでも希望を持てる作品をユーモア込めて作り続ける姿勢が新た物語を生むのだと思いました。 番外として、万年水不足に悩む高松に、多数のため池を作った高松の恩人、矢延平六がヤノベケンジと何らかの縁があるのではないかと、地元の郷土史家で彫刻家の南正邦と、矢延の足跡をリサーチし制作した「紙芝居」も見ることができます。血縁関係は不明ながら、美術館にプールを作ったヤノベケンジとのシンクロする物語は、もう一つの「シネマタイズ」かもしれません。 会期は9月4日(日))まで。キャストを含めた映画撮影の詳細ももうすぐ発表され、会期も後半になりますので是非お見逃しのないよう、ご関心のある方は是非足をお運びください。 ヤノベケンジ展「シネマタイズ」フォトスライド 映画『BOLT』公開撮影スケジュール決定! http://www.city.takamatsu.kagawa.jp/museum/takamatsu/news/160823.html ヤノベケンジ展「シネマタイズ」予告動画 https://www.youtube.com/watch?v=GfTy7Igbw3g ヤノベアプリ(スマートフォン用無料フォトスタンプラリーアプリ) Apple App Store Google Play 『矢延平六ものがたり』スライドショー http://www.yanobe.com/ ヤノベケンジ展「シネマタイズ」 会 期:2016年7月16日(土)~9月4日(日) 会 場:香川県 高松市美術館 2階展示室、1階エントランスホールほか 時 間:9:30~19:00(日曜は17:00まで、入館は閉館の30分前まで) 料 金:一般1,000円 大学生500円 ※高校生以下無料 オフィシャルサイト: http://www.city.takamatsu.kagawa.jp/museum/takamatsu/exhibitions/ex/20160716.htmlこのページに関するタグ
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