人類のソウルフード:絵画で辿るパンの歴史
ジョヴァンナ・ガルツォーニ《Bitch》1648年頃、カンヴァスに油彩、イタリア、フィレンツェ・パラティーナ美術館蔵
人類が狩猟採集生活から農耕生活へのライフスタイルを転換させたのちに、文明の象徴として登場した「パン」。
ヨーロッパでは、都市や町ごとの特徴を持つご当地パンが存在することが多く、郷土料理との相性も同郷のパンがいちばんといわれています。。
その長い歴史の中を語る、絵画に残るパンの姿の一部をのぞいてみましょう。
なぜテーブルの上に子犬?パンとともに描かれた不思議すぎる絵
ジョヴァンナ・ガルツォーニ(Giovanna Garzoni, 1600~1670)が得意とした静物画の中には、実は様々な生き物も描かれています。冒頭の不思議な絵。この作品が異彩を放っているのは、あまりにもつぶらな瞳でこちらをみつめる子犬が、食卓が描かれているはずの絵の主役になっていることでしょうか。その他食卓に置かれているものも、1点1点は特別な素材というわけではないのに、配置やその関係性が何とも意味ありげです。
犬は中世の時代から、あらゆるアレゴリーとして描かれてきました。最もポピュラーなのは、犬という動物の資質をそのまま映した「忠誠」。女性像や夫婦像によくみられるほか、「五感」のアレゴリーの中で「嗅覚」の象徴として登場することもあります。
犬とともに、当時流行した中国製の陶器とパンのようなビスケットのようなものも見えます。そのお菓子の上には、なんと蠅の姿が。静物画が流行した時代、「蝶」は「善」として、蠅は「悪」のシンボルとして描かれたそうです。「蠅」をあえて絵画に描くことで、それを妨げるというおまじないの意味もありました。ブンブンと飛び回るしつこさが特徴の「蠅」は、苦しみや拷問を表象するとともに、画家たちにとってはその腕を指し示すものさしでもあり、実は多くの作品にその姿をみつけることが出来ます。
語源から辿るのは至難の業(わざ)!太古の食卓にもあったパン
そもそも、「パン」という言葉は、古代ローマ人たちがギリシアの森の神パーンをその起源と考えたからだといわれています。豊穣の神デメテルから贈られた麦でパンを作り出したパーンが、それを人に与えたという伝説が残されているのです。
麦の粉と水、オイルを混ぜて発酵し焼き上げるパン。現在では数えきれないほどの種類が存在するうえ、同種のパンも地方によっては呼び方が変わったりして、パン屋さんに行くと迷って買いすぎる方も多いのではないでしょうか。
例えば、「ロゼッタ」と呼ばれるパンは、「小さなバラ」の意の通り花の形をしたパンです。
イタリア各地で作られていますが、特にローマのロゼッタはその美味しさで有名です。外皮が固めで中は空洞に近く、噛めば噛むほど小麦本来のおいしさを堪能できるロゼッタは、「パニーノ」(複数形が日本でもおなじみの「パニーニ」)と呼ばれるイタリアの軽食によく用いられています。パンを真ん中で横に切り、あいだに生ハムやチーズを挟んで食べるのです。
このロゼッタ、ミラノに行くと「ミケッタ」という名に変わります。ベルガモに近づくと、「ステッリーナ(小さな星)」とさらに別の名に。
語源学をたどるとミケッタ(michetta)の「mi」の部分は、フランス語の「mie(パンの柔らかい部分を指す言葉)」から由来しているという説もあります。つまり、イタリアを代表するパンのひとつロゼッタあるいはミケッタは、ナポレオン(Napoléon Bonaparte, 1769~1821)がミラノを征服した時代に、ミラノにもたらされた可能性も否定できないのです。実際、18世紀のフランスの画家アンリ=オラース・ドラポルト(Henri-Horace-Roland Delaporte, 1724~1793)が描く静物画には、ミケッタそっくりのパンがすでに登場しています。
さらにさかのぼれば、古代ローマのポンペイの遺跡にも、ロゼッタ同様の形をしたパンがフレスコ画に描かれていて、パンの文化の奥の深さを実感できます。
1583年に設立されたクルスカ学会は、イタリア語の純化を目的としたアカデミー。小麦粉から麩(ふすま、イタリア語でクルスカ)を取り除いて良質な粉を精製するという意を込めて名付けられました。会員たちは、アカデミーでの通り名とモットーに由来するパネルを製作するのが慣習でした。こちらのパネルには、「その美味はおのずから表れる」のモットーとともにパンが描かれています。
キリストの肉体としてのパン
イエス・キリストは、最後の晩餐においてパンを手に取り「これがわたしのからだである」と同席している弟子達に伝えたと福音書には書かれています。そして、ワインを「これがわたしの血である」と語ったことから、パンとワインはキリスト教会においても聖なるものとして扱われるようになりました。
「最後の晩餐」をはじめとする宗教画の多くにパンが描かれるのは、庶民にとって最も身近にあった食品であったことに加え、キリスト教の教義において重要な役割を担っていたからでしょう。
ちなみにイエス・キリストが生まれたユダヤ社会では、「過越(すぎこし)の祭り」で食べるパンには酵母を入れないことが原則になっています。
昨年、バチカンは「聖体拝領」の儀式に使用するワインとパンについて改めて規則を定めました。これによると、現代のカトリック教会でも聖体拝領に使用するパンには酵母を入れない、と記されています。ちなみに、儀式では「誠実な人の手によって作られた」パンのみ使用可能、となっているのが面白いです。
パンのフォルムと食べ方は今も昔も変わらず?
インスタグラムやツイッターによって、毎日のように生まれ消えていく流行。
食の世界でも、それは同じです。
しかしパンにその法則はあてはまりません。過去の絵画に描かれたパンたちをみてみると、私たちが現在口にするものとほぼ変わらない形をしていることがわかります。
17世紀にベルガモで活躍したエヴァリスト・バスケニス(Evaristo Baschenis, 1617~1677)の《パンの籠を持つ少年》には、現代のパン屋さんにも並んでいそうなパンの数々が。
また、パンの食べ方も生ハムやメロン、イチジクといった組み合わせが昔から愛されてきたものであることを、スペインの画家ルイス・メレンデス(Luis Meléndez, 1716~1780)の静物画は、証明しています。
暑い夏には火を使わないパンメニュー「パンツァネッラ」
パンの話をしているとなんだかお腹がすいてきました。ここで夏におすすめのイタリアのパンメニューをご紹介します。
暑い夏、キッチンで火を使うと汗だくに。出来れば使わず済ませたいものです。
イタリアの夏の風物詩であるメニューの一つ<パンツァネッラ>は、火を使わずに完成出来るすぐれもの。その名の通り、主原料はパンです。
「パンツァネッラ」はトスカーナ料理のため、トスカーナ特有の塩気のないパンを使用するのが理想的と言われています。買ったばかりのパンではなく、数日たって固くなってしまったパンを利用するエコなお料理、しかも作り方はいたって簡単です。
容器に固くなったパンを切って入れ、ひたひたの水とスプーン一杯くらいのお酢に浸します。パンが柔らかくなったらボウルにほぐし、キュウリ、セロリ、トマト、玉ねぎ、バジリコをかき混ぜて、オリーブオイルと塩で味付けすれば終わり。パンを食べるのもおっくうという猛暑の季節、見た目も食感も爽やかなこの一品は栄養補給にもぴったりです。
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