ドーナツの穴だけ残して食べる。
「やんばるアートフェスティバル2017-2018」で出品された、キュンチョメ《完璧なドーナツをつくる(仮)》
沖縄。12月。高尾くんとふたり、那覇空港から運営事務局に手配してもらったジープに乗って、「やんばるアートフェスティバル2017-2018」の会場へと向かう。
ジープには本芸術祭の出品作家・BAKIBAKIの柄がラッピングされていて、ふたりして得意げになりながらひた走る。無免許な筆者は高尾くんに頼りっきりだ。BAKIBAKI柄を初めて見たのは2015年の京都の木屋町にあるタバコ屋さんの2階だったんじゃないかと思う。当時近くのARTZONEで展覧会を企画していた筆者はBAKIBAKI柄を見上げながら何十本とタバコを吸い続けていた。
海洋博公園で淀川テクニックの《タカアシガニ》を見たあと、ジープはメイン会場である大宜味村立旧塩屋小学校にたどり着く。
いくつか作品を見て回り、海にそのまま面している体育館の建築に感嘆したりしながら、筆者と高尾くんはキュンチョメの作品を見る。
「荷物置き場だった部屋なのですが、ここがいいとキュンチョメが希望したんです」とスタッフに案内されて入った暗がりの部屋は、なるほど備品という備品で雑然としており、そこにブラウン管テレビとプロジェクターで今回の作品の概要を指し示していた。ここでひとまず、キュンチョメについて話さなければならない。
2011年に結成されたアートユニット「キュンチョメ」は、「生きるために逃げること」を旨としてこれまで活動を続けている。シリアスなシチュエーションにおいてユーモアを提示する作風が高く評価され、第17回岡本太郎現代芸術賞を受賞、国内の若手注目株である。
今回、やんばるアートフェスティバルについて書くにあたり、どうしてもキュンチョメにレビューを絞りたかった。それほど今回の彼らの作品はまずもって優れていたし、その「優れ方」自体をきちんと書く必要があり、かつ、それが「やんばるアートフェスティバル」全体を考えるうえでも意味があると思ったからだ。
さて、彼らのこれまでの作品に共通しているのは、「設定とルール」がそのまま作品の強度をになっているという点である。難民と目隠しをして福笑いのごとく顔を一緒につくる。互いのメガネを交換したうえで針に糸を通す。バリケードを帰宅困難者にPhotoshopで消してもらう。自殺に用いられたロープで縄跳びをする。樹海でかくれんぼをする──。キュンチョメの展示を見たことがない人も、彼らの作品の「設定とルール」に、ふと「見てみたい」という思いを持つかもしれない。どのような結果がそこに待ち受けているのかを知りたくなるかもしれない。ところが、キュンチョメの作品には「結果」なるものはしばしば存在しない。この「〜をやってみた」シリーズ(と仮に呼ぶ)は、概ね映像(と空間全体の設計)によって観客に開示されるのだけれど、そこではちょっとしたハプニングも、おかしみも、細部過剰性もすべて二次的なものでしかない(例えばフランシス・アリスというアーティストの作品と決定的に異なるのはこの点である)。ある動機にもとづいて「設定とルール」が存在し、しかるのちに作品が存在しているというよりも、「設定とルール」を存在させるために作品が制作されている、という転倒が生じている。これは明確にキュンチョメのアキレス腱だ。彼らの作品はあまりにも重心が手前に傾き過ぎているのだ(そして彼らを論じる批評の多くもまた同様に重心が手前に傾いている)。
しかし、フェスティバルにて発表された暗がりの物置部屋での作品は、そうではなかった。少なくとも筆者が鑑賞した時点では彼らの作品に常に感じていたバランスの悪さはまったくなかった。むしろ見事なまでに均衡が存在していた。なぜなら彼らの作品はその時点で「未完成」だったからである(後生なのでこれを意地の悪い紹介だと思わないでほしい)。今回の作品《完璧なドーナツをつくる(仮)》は、アメリカのいわゆる穴の空いたドーナツと沖縄のサーターアンダギーと呼ばれる丸いドーナツを、アメリカ軍基地のフェンス越しに合体し、「完璧なドーナツ」をつくるというものである。
ここまでであれば、シリアスな政治的交錯地帯にもたらされたユーモアの提示、といういつものキュンチョメらしい作品である。しかし今回は「未完成」であり、最終的にその「完璧なドーナツをつくる」ところまでは撮影されていない。「設定とルール」の説明映像、「完璧なドーナツのレシピ」とともに、キュンチョメの2人が沖縄の様々な住民たちにどうすればフェンス越しにドーナツを合体することが可能かを聞いていくシーンが延々と映し出されるのだ。最終的な「実行」が空白のままに費やされるインタビューシーンは、映像と映像が部分的に重ね合わされながら(第57回ヴェネチア・ビエンナーレに出品していた田中功起も同様の技法を用いていたが)、それぞれの境遇がドーナツを巡ってぐるぐると周回していく。
キュンチョメから唐突に手渡されたドーナツとサーターアンダギーを手にして、苦笑しつつも語られる彼らの見解、ヒント、疑義は、その最終的な実践が欠如しているがゆえに自立している(ここで強調しなければならないのは、単にプロセスが重要だということではないという点だ)。インタビューを受ける人たちはみな話すのがうまい。注意しよう。彼らのこの語りは、きっと初めて語られたものではないのだ。n個目のドーナッツの周上。
やんばるアートフェスティバルにおいて、政治的含意のある作品はほかにいくつも展示されており、例えば美しい海や花の写真だと思っていたら脇の作品紹介文に政治的なメッセージが堂々と書き記されていたこともあった。ここでは美しい島の風景を美しく撮影することと、政治的な言及をすることが両立している。そのギャップにまごつくのは、というよりもそこにギャップがある、とみなすのは自分がどこまでも外野だと思っているからだ。発表の場とはすなわち、意見表明の場に他ならない。キュンチョメの未完成ゆえの完成度の高さが証明しているのは、どこにも紐づけられない、ただそれだけの、それ以上付け加えることも間引くこともできない政治性の提示が、可能であるということだ。「言いたいことなどない」というシニカルでネガティブな態度を、ポジティブな状態へと展開すること。彼らの作品は、今回その可能性に確かに触れている。この手触りを、筆者はBAKIBAKIジープ(引き続き高尾くん運転、深謝!)に揺られながら持ち帰ったのである。
とはいえ、である。後日談的に加筆するが、筆者のこのテキストが公開される頃、作品は「完成」しているかもしれない。完成した作品ではフェンス越しにドーナツがつくられ、不器用に合体しているシーンが映っているかもしれない。しかし、考えてみてほしいのだが、完璧なドーナツがあるとすれば、きっと同時に、完璧な空洞もまたあるはずである。仮に完璧なドーナツが完成したとして、キュンチョメのふたりはドーナツの穴だけ残して食べることを模索すべきではなかろうか。
やんばるアートフェスティバル2017-2018 ~ヤンバルニハコブネ~
会期:2017年12月9日(土)~1月21日(日)
開催場所:
大宜味村 大宜味村立旧塩屋小学校(施設営業時間11:00~19:00)
※2018年1月1日は定休日
※毎週火曜日はメンテナンスのため定休日
大宜味村立芭蕉布会館
国頭村 オクマ プライベートビーチ&リゾート
本部町 海洋博公園
名護市 なごアグリパーク・美ら島自然学校・名護市民会館前 アグー像
※大宜味村立芭蕉布会館、海洋博公園、なごアグリパーク、美ら島自然学校は1月8日(月)まで
主催:やんばるアートフェスティバル実行委員会
URL:http://yambaru-artfes.jp/
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