シルクロードの終着点“奈良”とペルシアの歴史から見る世界の現代アート

中東の現代アートを紹介するサイト「アートな中東」と中東地域の現代アートギャラリー「CHUTO JOON」を運営しているSevinです。
今回は奈良とペルシアの歴史を通して、現在、奈良で開催されている「1300年の時空を旅する八社寺アートプロジェクト」の作品を見ていこうと思います。
中国、韓国、日本の交流を深めることを目的とした「東アジア文化都市2016奈良市」のコア期間2016年9月3日から10月23日にかけて「古都祝奈良(ことほぐなら)― 時空を超えたアートの祭典」が開催されています。日本では美術、舞台芸術、食を通して奈良とシルクロードの深い歴史にまつわるイベントが開催されています。美術部門では「1300年の時空を旅する八社寺アートプロジェクト」と題し、国内外のアーティストによる作品が奈良のお寺で展示されています。
さて、今回のテーマは「シルクロードの終着点“奈良”とペルシアの歴史から見る世界の現代アート」ですが、そもそもペルシアと奈良はどういった関係があったのでしょうか?
ペルシア人が古代日本の奈良に来ていたであろうという歴史は、日本書紀の解読さらには最近では、奈良で発見された木簡にペルシャ人の名前が記されていたというニュースが2016年10月に発表され年が重なるごとに、奈良時代におけるペルシア人の日本渡来の歴史は証明されてきています。ここでは改めて奈良、ペルシア、仏教、ゾロアスター教、そしてイスラム教の関係を見ていきたい思います。
ーゾロアスター教と奈良ー
そもそも本当にペルシア人は中国そして日本に来ていたのでしょうか?そしてどのようにペルシアの文化、風習、信仰が中国や日本に影響を及ぼしたのでしょうか?
中国の隋唐時代には多くのペルシア人が商売や学問を目的に長安市で暮らしていた事が遺跡の発掘や古文書の解読で明らかとなっています。
例えば中国の唐時代に作られたこちらの粘土像は、くっきりとした目鼻立ちや服装から中国にいたペルシア人ではないかと考えられています。体勢や顔を覆った布、そしてなにより険しい目つきから馬に乗り神聖なる火を眺めるゾロアスター教徒ではないかという説が今のところ有力だそうです。

「ベールに包まれた見知らぬ人」唐王朝山西省 600年-750年 (Wikipedia)
中国唐の時代に王朝によって保護され隆盛した唐代三夷教(とうだいさんいきょう)の内、ゾロアスター教とマニ教は古代ペルシアが起源の信仰です。
日本ではゾロアスター教は、火を崇拝することから拝火教として知られていますが、中国では祆教(けんきょう)として知られ、唐の時代には教団が存在し長安市内外に多数の祆廟が建てられました。

中国介休市「祆神楼」(Wikipedia)
ゾロアスター教が中国国内で広まったとされている一方で、ゾロアスター教を信仰する中国人がいたことは確認されていません。そのため中国で建てられた祆廟は、中国で暮らすペルシア人のために建てられたと考えられています。
歴史学者の石田幹之助(1891年 - 1974年)は著書『長安の春』の中で、ゾロアスター教が当時の中国人に浸透しなかったのはその「非常に色彩の強い国民教」(168頁)であったことを理由にあげています。
一方で、日本ではあまり聞き慣れないペルシア人のマニによって創唱されたマニ教は、経典が漢訳されていることからも中国現地の人々(特にウィグル人)からも信仰されていたと考えられています。

漢字によるマニ教経典 731年 (Wikipedia)
長安市内外には、大雲光明寺という名のマニ教の寺院が建てられました。
「マニ教の信徒は祆教徒以上に各地に残存し宋元を経て明代にいたってもなおその余類が種々の形を取って南シナの一部などに存するものをみることができた」(『長安の春』169頁)
とあるように、中国ではゾロアスター教よりもマニ教が盛んだったのです。そして現在ではマニ教は消滅した宗教と考えられていますが、中国ではなおもマニ教信仰を続ける「草庵摩尼教寺」というお寺が福建省にあるそうです。ササン朝時代のマニという名のペルシア人がはじめた宗教が遠い中国で信仰されていたとは、考え深いです。

予言者マニ (Wikipedia)
一方、日本ではマニ教よりもゾロアスター教の影響が大きかったと考えられています。
イラン学者の伊藤義教(1909年 - 1996年)によると、孝徳天皇または斉明天皇の時代にペルシア人が日本にやってきて快く迎え入れられた事が日本書紀に示されていると指摘しています。
では、日本にやってきたゾロアスター教徒のペルシア人たちは、どのような影響を日本の文化に与えたのでしょうか。
飛鳥の石造遺跡や、お水取の行事などゾロアスター教やペルシア人の渡来を彷彿させる歴史的発見が多々あります。例えば松本清張は、ペルシア人やゾロアスター教と飛鳥の繋がりを描いた推理小説『火の路』でも登場する酒船石遺跡は、ゾロアスター教の神酒ハオマを作るのに使われたと主張しています。

酒船石 (Wikipedia)
また正倉院で保管されている美術工芸品にはペルシアと深い関わりがあるものがあります。それらは遥々ペルシアからやって来た人々による天皇への献上品であったり、商人を通じてペルシアから輸入した品物であると考えられています。例えば「羊木臈纈屏風」は、ゾロアスター教の起源が書かれた書『ブンダヒシュン(原初の創造)』や教典『アヴェスター』の物語を彷彿させると伊藤氏は言います。 (『ペルシア文化渡来考』85-115頁)

羊木臈纈屏風 (Wikipedia)
小説家の松本清張(1909年 - 1992年)は西から東への文化、信仰、そして物の流れをこのように回想しています。
「中央アジアにいたペルシア人は商売上手ですから、いろいろな物資を中国と取引きする時に、ゾロアスター教の要素もまぜた仏教を、中国に輸出したと思うんです。(中略)ですから、正確にインドの婆羅門教的な原始仏教が、そのまま中央アジアから中国に入ったのではなくして、中央アジアのイラン経由で、西方のミトラ信仰とかゾロアスター教との要素を混合した仏教を中国に輸出したということでしょう」(『ペルシアから奈良への道ー東方の夢 遥か』27頁)
そしてゾロアスター教やペルシアの影響を受けた信仰や文化は、海を渡って奈良時代の日本にたどり着きました。
「古都祝奈良—時空を超えたアートの祭典」では火薬を用いたアートで知られる中国人アーティスト蔡國強が東大寺の鏡池に、中国で伝統的に使われている木造の船を浮かべた作品《船をつくる》を展示しています。日本に西の文化、信仰、工芸品そして人々がやって来るには船が不可欠でした。蔡國強は鏡池を日本海、南大門を日本、大仏堂を大陸にみたて西から東への渡来人の時空を超えた旅を再現しました。

蔡國強 《船をつくる》2016年 撮影:筆者

蔡國強 《船をつくる》2016年 撮影:筆者

蔡國強 《船をつくる》2016年 撮影:筆者
ー西から東へ神話、文様、そして人々ー
松本清張や石田幹之介はしばしば「ペルシア的仏教」という表現をします。
彼らが言う「ペルシア的」は仏像、壁画などいわゆる仏教美術に見られるペルシア的な要素と信仰的な影響を指しているのですが、ここではペルシアと仏教美術の芸術的混合を見てみます。
松本清張は、7世紀まで仏像の顔つき体格が「ペルシア的」であると指摘しています。(『ペルシアから奈良への道ー東方の夢 遥か』30頁)
また松本氏によると西洋の天使などの翼は、中国に伝わる過程で領巾(ひれ)と変化し仏像の天衣になったそうですが、それはササン朝ペルシアの王や貴族の服飾文化の影響を受けているそうです。
翼にまつわる話しでは、ペルシアをはじめとしたシルクロードの西方地域で信じられていた翼をはやした天馬(ユニコーン)は、シルクロードを経て中国にたどり着くと空飛ぶ竜に姿を変えたと言われています。初期の竜には翼がついていたそうです。
「竜を描いても、はじめは「黄竜」といって翼があったが、のちにこれを除いて描くようになった。竜自体が天馬の役目になるんです」(『ペルシアから奈良への道ー東方の夢 遥か』38頁)
「古都祝奈良—時空を超えたアートの祭典」ではシリア人アーティスト、ダイアナ・アルハディド(Diana Al-Hadid)が唐招提寺の滄海池に《ユニコーンの逃避行》を展示しています。

ダイアナ・アルハディド 《ユニコーンの逃避行》2016 撮影:筆者
中国唐の高僧、鑑真和上が創建した唐招提寺の奥にひっそりと在る滄海池。この池では、鑑真が日本への航海の途上で出会った竜王のお告げに従い、竜の化身である石を祀っていたと言われています。
アルハディドは竜とユニコーンの深い歴史に着目し、滄海池にユニコーンの角を展示しました。また手前の板は、鑑真が中国から唐招提寺に持ってきたとされる花「瓊花(けいか)」がモチーフとなっています。

ダイアナ・アルハディド 《ユニコーンの逃避行》2016 撮影:筆者
ユニコーンや竜といった伝説だけでなく日本の仏教美術にも西の文化の影響が確認できます。
例えばこちらの文様、

ペルセポリス 蓮華文様 (Wikipedia)

蓮華文鎧瓦 飛鳥時代 出典:http://www.tnm.jp/
二つの蓮華文様、一つ目はペルシアのアケメネス朝の宮殿ペルセポリス、二枚目は飛鳥時代の奈良で発見されました。
紀元前520年に建築が始まったアケメネス朝の宮殿の蓮華文様、そして紀元後592年から710年まで続いた飛鳥時代の奈良で使われていた蓮華文様は、西と東の芸術的繋がりを感じさせます。
ペルシアではアケメネス朝の時代にはすでにゾロアスター教が信仰されていたと言われています。蓮華はゾロアスター教にとって特別な花だったのでしょうか?
「古都祝奈良—時空を超えたアートの祭典」ではイラン人アーティスト、サハンド・ヘサミヤン(Sahand Hesamiyanf)によるイスラム美術を彷彿させる幾何学的な蓮華のオブジェが興福寺にて展示されています。《開花》と名付けられたこのオブジェは、文明の発展の側に常に添えられていた蓮華文様と文明の開花を象徴しているように思えます。

サハンド・ヘサミヤン 《開花》 2016年 撮影:筆者

サハンド・ヘサミヤン 《開花》 2016年 撮影:筆者

サハンド・ヘサミヤン 《開花》 2016年 撮影:筆者
今回はペルシアから見たシルクロードと日本の関係を見てきましたが、また視点を変えて読み解くことで新たな発見があるのではないでしょうか。
奈良の薬師寺の金堂には日本がシルクロードの終着点であったことを示す台座があります。薬師三尊の台座の一番上にはギリシャの葡萄唐草文様、その下にはペルシアの蓮華文様、中央にはインドの力神、そして一番下には中国の四方四神が浮彫りされています。

薬師寺薬師如来台座 模型 撮影:筆者
この台座は一つの文化や文明が独立して存在することは不可能であり、多種多様な文化や人々の影響の上で成り立っていることを思い出させます。
元興寺の小子坊の室内で展示されている韓国人アーティスト、キムスージャ(Kimsooja)による作品《息をつくためにー国旗》は、本来確実な国家や個人のアイデンティティを象徴するはずの国旗の不確実性そして移ろいやすさを感じさせます。
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キムスージャ《息をつくために—国旗》(小子坊) 撮影:筆者

キムスージャ《息をつくために—国旗》(小子坊) 東アジア文化都市2016奈良市オフィシャルサイトより
下の写真は同じ元興寺の庭で展示されているキムスージャの作品《演繹的なもの》です。

キムスージャ《演繹的なもの》2016 撮影:筆者
元興寺は6世紀末の飛鳥に日本で最初の大寺として創建され、後に奈良に移されたました。
強い日差しが足下の鏡から反射し目の前がくらくらとするなか、この真っ黒い物体は異次元へ扉となり見る者を飛鳥時代へと誘います。
古都祝奈良 ― 時空を超えたアートの祭典
期 間 : 2016年9月3日~10月23日
会 場 : 奈良市、平城宮跡、東大寺、春日大社、興福寺、元興寺、大安寺、薬師寺、唐招提寺、西大寺、ならまち、なら100年会館 等
アーティスト : 蔡國強,紫舟,チームラボ,サハンド・ヘサミヤン,キムスージャ,川俣正,シルパ・グプタ,ダイアナ・アルハディド,アイシャ・エルクメン,宮永愛子,黒田大祐,西尾美也,田中望,岡田一郎,林和音,西尾美也,SPAC,維新派,万葉オペラ ほか
主 催 : 奈良市、「東アジア文化都市2016奈良市」実行委員会
共 催 : 文化庁
ウェブサイト: http://culturecity-nara.com/kotohogunara/index.html
参考文献一覧
石田幹之助『長安の春』講談社 1979年
伊藤義教 『ペルシア文化渡来考』 筑摩書房 1980年
井本英一 『古代の日本とイラン』 學生社 1980年
篠山紀信 『シルクロード[二]北京からペルセポリスへ』 集英社 1983年
平山郁夫[対談集] 『ペルシアから奈良への道ー東方の夢 遥か』 美術年鑑社 1987年
松本清張 『松本清張全集50「火の路」』 文藝春秋 1983年
松本清張 『ペルセポリスから飛鳥へ』 日本放送出版協会 1988年
『古都祝奈良コンセプトブック』 「東アジア文化都市2016奈良市」実行委員会 2016年
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